2018年5月25日金曜日

森のようちえんを知ってますか?


自然と命を愛するすべての人に読んでもらいたいです。長いですが(笑)
実はわたくし、最近森のようちえん全国ネットワークの個人会員になりました。それは体験してその素晴らしさ、今の公教育に足りないもの、今の社会に必要なものに気が付いてしまったからです。



以前、秩父にあります、「花の森こども園」へ見学に行ってきました。自然が豊かな山の中腹に位置し、園庭にはヤギやニワトリが子どもたちと同じ距離感で生活していて、木を使った大きなブランコや、砂遊び、子ども達は好きな事を思い思いの楽しみ方で遊んでいる。「のびのび」というのはこういう事なんだろうな、と改めて思いました。
私と秘書のスーツ姿の変なおじさんが入ってきてもそれに気づかずに夢中に遊んでいるかの様でした。


子ども達はみな落ち着いていて、穏やか。というのが一番の印象でしたね。
子どもも、大人も、動物も、植物もみなフラットで同じ空間を生きている。まきでご飯を炊いて外で食べる事もあれば、桑の木から紙を作り卒園証書を作るなど、どれをとっても心から「一緒にやりたい!」と思うものばっかり。


昨今、自然の中に身を置くことは発達にもいい事だ、と言われてきています。当然私は自然の中に身を置くことで幸せを感じるので、200%共感するわけです。しかしながら医学的なエビデンスに関しては自分の中では曖昧模糊というか、一つ一つの「良い効果」については認識できるのですが、つながっていない部分があったので少しこのあたりをまとめてみたいと思います。

人間は様々な技術革新が進み、物質にあふれ、様々な利便性を手にしてきました。しかし、その一方で「歪み」も生じているとも考えられるのではないかと思うのです。
人間は発達の過程のみならず、自然から離れることによって体の機能が変化すると指摘するデータがあります。


渋谷ハチ公前と筑波山中で、スポーツ選手に心拍数が150を超えるまで自転車のマシンを漕いでもらい、何分立ったら平常の時の心拍数に戻るのか、というものです。

結果は、「筑波山中の方が渋谷と比べて1/3早い時間で心拍数が戻りました。


この理由の一つに、木からでる「フィトンチッド」が要因ではないかと推測されています。この「フィトンチッド」は木から出る精油です。
木の表面にそれらの成分があり筋疲労の際に発生する乳酸を分解するのではないかと言われています。
確かに山に登る際に急こう配であれば当然心拍数は上がりますが、一休みすると短時間でも回復する印象があります。自然の中に身を置くことは身体の恒常性に大きく影響する事がわかります。


ミツバチが運んでくる花粉と共にこのフィトンチッドも集まってくる、それはプロポリスと呼ばれますが、これがまさにフィトンチッドなのです。
では、今の社会の一部を切り取って考えてみますと、土ではなくコンクリート、アスファルト、ビルやマンション、オフィス、繁華街、ショッピングモールなどなど人工的な建造物の中で一日をすごす、一週間の多くを過ごすという方が大半であろうと思います。

上記のように、自然から離れることによって人間の体は変化する、つまり自然と共存する仕組みが人間にはそなわっている訳です。それがなくなるとそれだけでストレスが高まってしまうのです。


もう一つ例を挙げると、高層マンションの住人の生理現象について。
端的に言うと、高層階ほど異常出産や流産が多く、その割合は居住階の高さに比例しています。ただしこれは事実は事実ですが、何が原因なのか、という事に関しては他にも高所得者の高齢出産など要因が考えられるため明確な要因と言えるわけではないようです。

では子どもは、と言いますと、1~3階に住むこどもは外に遊びに行く率が高いですが、4~8階になると大幅に減り、9階から上になると外に遊びに行くことがほとんどありません。
ですが一方で文字を覚えるのが早い事が挙げられますが、だからと言ってそれが学歴に反映されているかというとそうではありません。


また「自然の音」を聴くことの重要性もあると思います。
赤ちゃんは聞こえてくる音で世界を想像して理解し、成長すると言われています。そんな中で人間の周りが人工的になり、人間が自然から離れてしまうと、もともと自然と一緒に暮らしていた人間の生理もおかしくなってしまうのではないか、発達にも悪影響を与えてしまうのではないかという事は十分想定できる事です


以上の事から自然と人間の関係性について思うのは、自然と触れ合う事によって、人間の内的な自然が活性化していくのだという事です。

これらを人間の恒常性や、人間性という物だと考えます。私は、死生観というものを常に考えておりまして、この自然と死生観を考えた時に、やはり人間はどこかで自然の中に生まれた一度きりの人生の中で「生まれてきてよかった」と模索している世界観があると考えます。その世界観の中に社会の倫理を持ち込むとすると社会にふさわしい行動はとれるようになりますが、気が付けば自分が何をしたいのか、自分の命を使って何がしたいのかという事に気が付かなくなってくると思います。


自分自身を自然の一部であると捉えれば、人工物にあふれる中で自然を感じることが少なくなってきてしまっていますが、疲労し、苦悩しているときにこそ自然に身を置くことが必要だと考えます。とりわけ、ゆっくり進むかの様にみえて実はとてつもない速さで進んでいる幼少期、幼児期、乳児期のこども達には自然の力によって育ててもらう事の重要性は高いはずです。

虫や植物の名前や特性、共生、などを調べる、知る、という事は、ミクロの視点を持つという事。そして、星空や夕焼け、朝焼け、台風、晴天、荒天、山、川を見るという事はマクロの視点を持つという事。こんなに人間の感性に訴えかけるものは他にないと思います。自然の驚異や美しさを体感し、命の一番深いところが突き動かされる経験は絶対必要です。

こうした自然の中に身を置くことがこどもの発育に対して非常に良い結果をもたらすという概念の元、そうした保育のスタイルを選択する事ができるような制度が必要であると認識しています。


それはつまり「自然保育認定制度」。
安倍政権は現在こどもの保育料無償化を進めようとしていますが、現在、森のようちえんに通っている子どもたちはその対象になりません。

自然保育をしっかり制度として認め、選択の対象にする、首都圏で仕事はしていても地方の自然豊かなところで子育てをしたいという方々の受け皿を地方が作る事ができる。

東京の一極集中を是正し、待機児童の問題も解消に向ける事ができる。

そして子どもたちが子どもたちらしく生活する事ができる自然保育。これを全力で応援していきたいと思います。


参考文献・参考資料:

  1. 東京大学名誉教授 白梅学園学長 汐見稔幸氏 「自然に触れることがにんげんにもたらすものは」基調講演文字起こし
  2. 「自閉症と広汎性発達障害の生物学的治療法」ウィリアム・ショー著
  3. フィトンチッドと森林浴 岐阜県森林研究所
  4. 厚生労働省 「妊婦への魚介類の摂食と水銀に関する注意事項の見直しについて」

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